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CUSTOM EYES

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 全世界で大ヒットしたバトルロイヤルゲーム“フォートナイト”は2018年の1年間で24億ドルの収益を上げた。これはゲーム史における年間収益の最高額だ。しかしゲームのプレイ自体は無料であり、課金してアバターを強化する武器や魔法は存在しない。が、“見た目を変えるため”にお金を支払う仕様になっている。課金して顔を変える。課金して服を変える。課金して武器を変える(ポテンシャルは変わらない)。見た目を変えたところでゲーム内で有利になることは一切ない。プレーヤー(人)の経験値以外、課金ユーザーと無課金ユーザーは何ら変わらないのだ。しかしお金を払うプレーヤーは大勢いて、その売り上げが冒頭の24億ドルの多くを占めている。実際フォートナイトをプレイしてみると分かるのだが、無課金でゲームに臨むと見た目を何らカスタマイズしていない自分が浮いているように感じるくらいだ。なぜ人は見た目を変えるためだけに(しかも現実ではなく自分のアバターに)対価を払うのだろうか。

 僕らはなぜ見た目を気にするのか。トリーチャーコリンズと名付けられた障害を持つ人はとあるインタビューでこう話している。「街を歩けばほぼ必ずギョッとした目で見られます。だけどそれは仕方ないと思ってます」。一番幸せなのは、どんな見た目の人であろうと“モブキャラ”と認識した上で街行く人達とすれ違うことかもしれない。だけどそれは人間が動物である以上不可能なことのように思える。例えば日本で過ごしていると、“いわゆる日本人の見た目”以外の人種・民族は“いわゆる日本人の見た目”の人よりも目に留まることが多い。それは視覚からの第一情報で「仲間か否か」を本能が瞬時に判断しようとしているからだ。まだ人間が食物連鎖の頂点にいない頃、外敵生物から命を守るための本能が今も受け継がれている。見た目は「自分は仲間・或いは敵である」そして「相手は仲間か敵か」を主張・判断する材料になる。その土台の上に主張や主義、或いは個性があるのだ。鉄腕アトムやソフトバンクのpepperは「人類の仲間」だと認識させたくて人の形を模している。

 しかしそろそろ見た目を合理的に考える時代に突入しているのかもしれない。グローバル化により多様な民族が入り乱れ、自分と違う見た目の人が活躍する社会になった。これからはマイノリティを模倣する時代が訪れるだろう。手は状況に応じて最適な物に付け替えたほうが便利だろうし、時に足が車輪に変形した方が移動は楽かもしれない。これまではマジョリティが普通であり正解とされてきたが、それは20世紀以前の価値観に囚われている結果なのではないだろうか。これからは新しい見た目をカスタマイズし、そして見る目をカスタマイズする時代だと感じる。

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