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  • 2019.11.07 (担当:森田慶賢) 

「肌色」と言われれば、我々日本人はおおよそ同じ色を連想する。イエロー30%+マゼンタ10%辺りだろう。しかしアフリカに住む人々にとって「肌色」はブラックの量が多い。欧米ではマゼンタかイエローが5%くらいかな。そう、「肌色」は自分主体でわがままな色だ。

肌色

ニグロ、洋鬼、イエローモンキー。21世紀に入って早20年。これらはあのトランプでさえ流石に“もう”使わない単語たち。ご存知の通り肌の色で人種を分けた際の蔑称だ。そもそも同じ地球人でありながらなぜ我々は違う色をしているのだろう。

まず一つに、メラニンによって肌の色は左右される。よく髪色の違いとして話されがちだが、“ユーメラニン”と“フェオメラニン”という2種のメラニンで肌の色は変わってくる。前者は茶色や黒で、後者は赤。日焼けした時が分かりやすい。日差しの強い赤道近辺に住む人間の肌は先天的に黒くなり、緯度が高くなるにつれて薄くなっていく。つまりどんな環境に住んでいるかで違いがあり、そしてそれは自らを守るために進化してきたものだ。大晦日に笑わせるために黒くなった訳じゃない。

19世紀、ブルーメンバッハというドイツ人の医学者が人類を5種に分けた。コーカシア(白色人種)、モンゴリカ(黄色人種)、エチオピカ(黒色人種)、アメリカナ(赤色人種)、マライカ(茶色人種)。なんだかコーヒーが飲みたくなってくる名前だね。この時代のヨーロッパはユダヤ=キリスト教に強く支配された文化で、例えば白色人種を表すコーカシアという名前は、旧新約聖書のノアの方舟がたどり着いたとされる“中央アジア”のコーカサス地方からとったものであり、実際に白い肌を持つ人がたくさん居た地域と全く関係ない(!)。「僕ら白人はノアから生まれた人種で、清く正しく美しいんだ! 何で西側にいるか知らんけど! (by ブルーメンバッハ)」。さらに彼は、コーカサス出身(方舟に乗っていたという意味で)で、白い肌の人こそ人間の基本形であり残りの4つは“退化”した人類だと定義した。・・・いやはやトランプやボルソナーロが可愛く見えるレベルだが、ブルーメンバッハは悪くない。こんな思想を持った彼に学位を与えた人間がダメだったんだ。そいつはきっとコーカシア以外の人種に違いないね。

しかしブルーメンバッハの分けた5種は明確に定義されていた訳ではなく、その後フランスの博物学者、ジョルジュ・キュヴィエが唱えた“3大分類法”が定説となった。ネグロイド、モンゴロイド、コーカソイドだ。ネグロイドはアフリカ大陸に多く住んでいる人種のことで野蛮な民族。モンゴロイドは東アジア・東南アジアに多く住む人種で文明の低い民族。そしてコーカソイドはヨーロッパ、西アジア、北アフリカ、西北インドに多く居る人種で、世界の文明を支えてきた偉大なる民族。ん? 似たような話を最近どこかで聞いた気がするが・・・。もちろん理解する必要はある。時代が違えば情報、科学、哲学、文化が違う。今の価値観だけで先人達を測るのは危うい。でなければ豊臣秀吉はヒトラーよりも邪悪な独裁者として教科書に記すべきだ。しかし悲しいかな、この「コーカソイド イズ グレート」という考え方は未だ根強い。そもそも現代の人類学では、ヒトゲノムを持つものは皆ホモ・サピエンスという種で、約20万年前にアフリカ大陸に出現したとされる。ネグロイドもモンゴロイドもコーカソイドも、皆同じ種族だったのだ。信じられるか? 金正恩もザッカーバーグもムガベも実は親戚で・・・・例えが悪かった、この3人は実の兄弟と言われて疑わなくても仕方ないよね。まあ何が言いたいかというと、肌が何色だろうと我々の先祖は皆アフリカ大陸生まれで、どちらかというと当時の姿は今のネグロイドに近かった。どうしても分類したいのであればネグロイド以外の人種はサピエンスの亜種だと言うべきだ。しかし白人至上主義者は自分たちは特別に進化した人種だと主張する。それはまるでこんな風に。「オレはソフトバンクが嫌いだ、だからYモバイルに乗り換えたぜ!(ドヤ)」

話を戻すが、当然キュヴィエの説は全ての人類に受け入れられるはずもなく、現代ではコーカソイド(白色人種)、ネグロイド(黒色人種)、モンゴロイド(黄色人種)、オーストロイド(褐色人種)の4種で分類されている。“現代では”と記したが、これは1950年頃の説でそこから特に目立った更新はない、ということだ。21世紀では「肌の色での分類は意味をなさない」と人類学者は言い、我々もそれに同調する。表ではね。地球に暮らす人類のゲノムは、分子レベルでは99.9%は同一のものだ。99.9%! 東京タワーの展望台で口説き文句で使えそうな数値だ。「知ってたかい? 僕と君の遺伝子の違いはたった0.1%。残りは全て同じなんだ。どんな困難も乗り越えられそうにないかい? 結婚してくれ」。安倍晋三から文在寅に是非伝えて欲しいね。最後の一言以外は。

認識欲

さて、ではなぜ我々には人種の概念が存在するのか。それは“恐怖”と“認識力”を備えているからだ。例えば大陸とは完全に孤立した島に住む日本人はその昔、欧米人を天狗と呼び、描いた。今聞くととんでもない人種差別に聞こえるがよく考えてほしい。それまで肌が黄色く平たい顔しか見たことがなかったのに、白い肌で鼻が高く、ブルーの瞳で金色の髪をなびかせる“何者か”が突然現れたのだ(おもちゃが意思を持って動いていたと知ったら、大学生のアンディは即刻捨てるかエクソシストを呼ぶはずだ)。突然目の前に現れたその“何者か”は、“何者なのか”を明確にしたいし、その上で安心したい(我々はウッディがどんなおもちゃか知ってるから愛情を持てるのだ)。そこでこの白い肌をした“何者か”ははるか遠い大陸から海を渡ってやってきた、“白い民族”=“白人種”と分類した。もちろん逆も然りだし、黒い人も茶色い人も同じように分類したがった。安心したいからね。そしてその前提として、我々は「髪が黒い・茶色い」「鼻が高い・低い」「肌が白い・黄色い」などと“認識すること”が出来る。チンパンジーはオランウータンを見て「彫りが深い」「顔がでかい」「毛が茶色い」なんて細かく認識できない(ちなみにチンパンジー同士では、“尻”で仲間かどうか見分けてるらしい。Hey Siri, Is he a friend? )。

我々は動物的本能と知能を持ち合わせたが故にある意味自然と言うべきか、見た目で人種を分類した。そしてそれはホモ・サピエンスの分断を生み、今も自らの首を締め続けている。スターウォーズの初期3部作はほぼ白人しか出演しない。人類以外は腐る程出るっていうのに。大坂なおみは日清のCMで白い肌で描かれ「white wash」だと批判の声が上がった。絵文字の顔の色を6色に増やせば「人種差別を助長する」と非難され、新しい007が黒人女性と決まれば「ポリコレだ」と騒ぎ立てる。「レタスの上にビーフを置いてくれ。そしてチーズを乗せて・・・違う違う、次はトマトだ! その上にマスタードをたっぷりかけて・・・」社会はあんた好みのハンバーガーじゃない。

先に述べたように、先人たちは「白人種こそ優位性がある」と唱えてきた。日本に住む者としては肌の色での差別は身近に感じない。果たして本当か? 化粧品は美白を謳い、女優が「黄色い肌を白くしよう」と語りかける。ファッション誌は脚が長いことを正義とし、事実を少しでも捻じ曲げようと着こなし方を教えてくれる。筋肉のついた少し焼けた肌が男らしさだと必要以上に我慢を強いる会社がある。小顔が羨ましいとなぜ思う? 鼻が高いことは本当に良いことか? あなたが思う“美”は図らずも押し付けられたものではないか? 我々日本人だって、十分人種差別の渦中にいる。気がつかぬほど浸かっているだけだ。