ゴジラの見た目は変化する

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1954年(昭和29)11月3日。1匹の怪獣が産声を上げた。その名はゴジラ。水爆が原因で生まれたとされるこの規格外の怪獣は、スクリーン内を所狭しと暴れまわり子供から大人まで幅広い世代のファンを魅了し続けている。2019年の5月31日には日米で『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』も公開され、誕生から65年経った今なお現役だ。だが、ゴジラは常に同じ姿だったわけではなく、時代が進むにつれてその姿を変えてきたのだ。ここでは、ゴジラがどのように姿を変えてきたのかを見ていこう。

ゴジラは時代を映し出す鏡

まずはゴジラのサイズ面から見てみよう。初代ゴジラは身長が50メートルで体重は2万トンだ。ビルで考えると17階の高さに相当するらしい(『ゴジラVS柳田理科雄 ゴジラ映画の50年を愛と科学で振り返る』)人間と比べれば圧倒的な高さだし、もし1954年にゴジラが突如姿を現したとしたら、人々は大パニック陥るに違いない。だが、ゴジラのサイズを聞いてあれ?と首をかしげる人もいるのではないだろうか?実は筆者もその一人だった。筆者は大人になってから初めてゴジラの高さを知ったのだが、その時の率直な感想は「案外そこまで大きくないんじゃないか」というものだった。なぜなら、現在の日本には東京都内だけでも100メートルを超える巨大な建物がいくつも存在しているからだ。

東京スカイツリー(634メートル)、東京タワー(333メートル)はもちろんのこと、六本木ヒルズや東京都庁なども200メートルを超えている。それらの建物と比較をするとゴジラの50メートルというサイズはいささか物足りなさを感じる。だが、これにはもちろん明確な理由がある。先述したようにゴジラが初めて世に出たのは1954年だ。この時、日本の建築事情はどうだったのか。実はこの時日本には、100メートルどころか50メートルを超える建物すらほとんどなかった。それはなぜか?当時の建築基準法では建物の高さを31メートル以下に制限していたからだ。そのため、50メートルというゴジラのサイズは、頭1つ飛びぬけた圧倒的な存在感をその高さだけで示すことができた。そんな規格外の怪獣が放射能を帯びた火を噴き、建物を破壊するのだから、スクリーン越しとはいえ当時の観客たちに与えたインパクトは相当なものだったに違いない。

だが、時代が変われば状況も変わる。1964年の東京オリンピック開催を前に建築ラッシュに突入する頃に建築基準法は改正によって、特定の区域では絶対高さ制限が撤廃される。さらに1970年の改正では絶対高さ制限が完全に撤廃され、都内のみならず地方の都市でも高層ビルが建てられるようになった。すると、どうだろうか。時代は高層ビルが軒を連ねる時代に突入し、100メートルを超えるビルを見かけることも当たり前になった。相対的に50メートルのゴジラはビル群に埋もれその迫力を失ってしまうことになる。そこで、ゴジラも日本の成長とともにその姿を変化させていくことになる。

80年代には80メートル、90年代には100メートル、2016年公開のシン・ゴジラではそのサイズを118メートルにまで変化さた。初代ゴジラの2倍以上だ。この流れを見ていくと、日本社会の急激な成長に歩を合わせるかのようにゴジラもまたその姿を変化させてきたのがよくわかる。ゴジラは水爆が原因で生まれたとされる怪物だ。それが、日本を襲うという構図は水爆をはじめ行き過ぎた発展に対する警鐘であると考えられる。そのゴジラがいつの間にか、発展する人間社会に合わせてそのサイズを変えることになるとは何とも皮肉な話ではないだろうか。

サイズ以上に変わるゴジラの見た目

ここまでゴジラのサイズがどのように変化したのかを時代の流れとともにたどってきた。では、ゴジラのサイズ以外の部分はどうだったのだろうか?過去の作品を見ていくと作品ごとに実に多彩な姿を目にすることができる。ゴジラは時代、観客の声、技術の進歩を取り入れ変わり続ける。ここでは過去の作品の中からいくつか代表的なゴジラを紹介する。

ゴジラはここから始まった『ゴジラ 1954年』

なんといっても全てのゴジラの原型となった初代ゴジラは外せない。1954年に誕生したゴジラ。作中の設定でゴジラは水爆によって住処を追われ姿を現わしたとされるが、これは当時アメリカがビキニ環礁で行った水爆実験から影響を受けている。つまり、人間が作った核がもたらした脅威の象徴がゴジラというわけだ。

ゴジラは人類の恐怖の対象であるとともに、水爆による被爆者としての側面も持ち合わせている。『ゴジラ映画40年史 ゴジラ・デイズ』には、当時のプロデューサー田中友幸が持ってきた『ライフ』誌に掲載されていた恐竜の姿を参考に、造形を担当した利光貞三が初代ゴジラを完成させたとある。被爆者のイメージを思わせるケロイドのような肌を組み合わせることで、核の恐怖を身にまとった怪獣を見事に表現した。このゴジラの造形はその後のシリーズの基本形となり、時代が変わり初期の設定が忘れ去られても、核がもたらした脅威というゴジラの起源を思い起こさせてくれる。

子どものヒーローとしてのゴジラ 『怪獣総進撃 1968年』ほか

東宝では1969年から1978まで子供向けの映画をいくつかまとめて上映する『東宝チャンピオンまつり』を行っていた。ゴジラの新作もこのチャンピオンまつりで69年から75年まで毎年公開されたのだ。当然ターゲットは子供達なので、ゴジラも子供向けに変化させなければならない。初代ゴジラのような恐怖の象徴では子供たちからは受け入れられない。では、劇場に来た子供が喜ぶゴジラとはどのようなものだろうか?それは正義のヒーローである。地球を侵略する悪の怪獣から地球を守るために、スクリーンを所狭しと暴れまわるゴジラ。その姿を子供達は求めていたはずだ。おもしろいのは一言で子供向けのゴジラとはいってもその見た目には違いがあるということだ。

1968年の『怪獣総進撃』から1972年の『地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン』までのゴジラは、精悍でキリっとした顔つきをしておりまさにカッコいいヒーローとしてのゴジラを体現している。だが、1973年の『ゴジラ対メガロ』ではクリっとした目をしていて、まるでマスコットのようであり、これまでのかっこよさよりもかわいらしさが際立つゴジラであった。Pen+(ペン・プラス)『完全保存版 ゴジラ、再び。』によると、この変化は造形チーフが変わったり、ゴジラの頭部の石膏型が壊れていたからとのことで、制作陣が意図したものではなさそうだが、子供達が求めるヒーローを模索するうちにかわいらしさを強調するつくりになったのかもしれない。


【年表】
・1968 『怪獣総進撃』
・1969 『ゴジラ・ミニラ・ガバラオール怪獣大進撃』
・1971 『ゴジラ対ヘドラ』
・1972 『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』
・1973 『ゴジラ対メガロ』
・1974 『ゴジラ対メカゴジラ』
・1975 『メカゴジラの逆襲』

ゴジラは再び恐怖の象徴へ 『ゴジラ 1984年』ほか

1975年の『メカゴジラの逆襲』が公開されてから、ゴジラはしばらく沈黙を保っていた。その沈黙が9年ぶりに解かれ公開されたのが1984年の『ゴジラ』だ。今作では60年代後半から70年代にかけて貫いたヒーローのイメージを一新。恐怖の象徴として人類に猛威を振るう初代ゴジラへの原点回帰を目指した。そのため前作のかわいらしい見た目から、目つきが鋭く強さと怖さを兼ね備えた新生ゴジラへと変貌を遂げた。

新生ゴジラの復活はヒーロー然としたこれまでのゴジラに、違和感を感じていた初代ゴジラファンにとっては待望の瞬間だったかもしれない。この当時のことを振り返ると、世界はアメリカとソ連が対立する東西冷戦真っただ中で核戦争の危機にさらされていた。そんな時期に復活を遂げたゴジラは人々に核の恐ろしさを再認識させてくれる。


【年表】
・1984 『ゴジラ』
・1989 『ゴジラVSビオランテ』
・1991 『ゴジラVSキングギドラ』
・1992 『ゴジラVSモスラ』
・1993 『ゴジラVSメカゴジラ』
・1994 『ゴジラVSスペースゴジラ』
・1995 『ゴジラVSデストロイア』

ファンの声が新世紀を前に新たなゴジラを生み出した 『ゴジラ2000 ミレニアム 2000年』ほか

1999年には『ゴジラ2000 ミレニアム』が4年ぶりに公開された。これは前年に公開されたハリウッド版『GODZILLA』の影響があったからと言われている。旧来からのゴジラファンはこのハリウッド版に満足しなかったようで、改めて日本でゴジラの製作が期待されるようになる。そうして誕生したのが『ゴジラ 2000 ミレニアム』のゴジラだ。

製作陣は新世紀に突入するにあたり、従来のゴジラの良さを受け継ぎつつも、これまでとは違うゴジラを生み出そうと模索したと思われる。本作以降で特徴的なのはその背びれと体の色だ。ゴジラの背びれは巨大でまるで炎のような形をしており従来よりも存在感を放っている。

また体の色は従来の黒から濃い緑をベースとしたものになっている。時代と照らし合わせてみると、1999年は日本の茨城県にある東海村の核燃料施設で臨界事故が起こり死亡者も出た。そしてあのノストラダムスの予言で世界が滅びると言われていた年だ。そんな年に再び日本で復活したゴジラは従来の核の脅威や、人々が世紀末に抱いた不安感を表しているようにも思える。


【年表】
・2000 『ゴジラ2000 ミレニアム』
・2000 『ゴジラ×メガギラスG消滅作戦』
・2001 『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃』
・2002 『ゴジラ×メカゴジラ』
・2003 『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』
・2004 『ゴジラ FINAL WARS』

12年ぶりに蘇ったゴジラは新境地へ『シン・ゴジラ 2016年』

2016年に国内で12年ぶりの新作『シン・ゴジラ』が公開された。本作のゴジラの特徴はなんといっても形態を変化させることだろう。物語冒頭ではまだ背中と尻尾だけで全体像は捉えられていない。これが第一形態。その後、東京に上陸し第二形態になるが、この時はまるで爬虫類のような見た目をしていて蛇のように地面を這いながら移動している。第三形態で拙いながらも二足歩行を開始。小さい腕や手も確認することができ、少しずつ我々がイメージするゴジラに近づいていく。第四形態では立派な背びれに黒をベースとした体色という従来のゴジラに似た姿となる。ただし、本作のゴジラが従来のものと大きく異なるのは、全身に血かマグマのような赤い色が加わっていることだろう。これによってより禍々しい雰囲気を兼ね備えたゴジラが誕生した。最後は第五形態である。第五形態は第四形態の尻尾から生まれたまるで人のような形をしたものだ。だが活動前にゴジラが冷却されたため、どのような動きをするのかは不明である。

今作『シン・ゴジラ』は明らかに2011年に起きた福島第一原子力発電所の事故の影響を受けている。体内に原子炉を保持するゴジラは血液凝固剤が投入され活動を停止するのだが、その様子は原発事故の際に消防車からの放水によって原発を冷却する様子と酷似している。ゴジラはあくまで一時的に活動を停止しただけだし、原発いつまた事故が起きるかわからない。直立したまま東京の真ん中で活動を停止したゴジラのは、未だ我々が危機の渦中にあること、そして今後も原子力から目をそらさず向きあわなければならないと訴えかけているようだ。

ゴジラがハリウッドに初上陸を果たす!『GODZILA 1998年』

ゴジラは1998年に海を渡りついにハリウッドに上陸する。しかしハリウッド版のゴジラは初代ゴジラから受け継がれてきた日本版ゴジラの見た目とは一線を画すものだった。前傾姿勢で時速480キロという素早い動きで走り回る姿は、ゴジラというよりはジュラシックパークに出てくるような恐竜、あるいは巨大なトカゲのようだ。実際に本作を劇場などで観て日本版ゴジラとのあまりのギャップに驚いた人もいるのではないだろうか。

ゴジラの造形は時代ごとに微妙に変化してはいるが、なぜこうも違う見た目になってしまったのか?これは想像でしかないが、おそらくハリウッドでは日本版ゴジラをリスペクトしてはいたものの、日本ほどゴジラの歴史に重きをおいていなかったのではないか。そのため、作品が持つメッセージ性は薄められ、ゴジラという名前や巨大な生き物が暴れまわるというざっくりとした設定だけが移植され誕生したのが、このハリウッド版ゴジラなのではないだろうか。

2度目のハリウッド版ゴジラは日本版をリスペクト『GODZILLA ゴジラ 2014年』

1998年にハリウッド版『GODZILLA』が公開されたのは既に伝えたとおりだ。だが、その評価は賛否両論。従来のゴジラファンの中には、巨大化したトカゲのような見た目に納得がいかないという人も多かったはずだ。そんな経緯もあって2014年に公開された『GODZILLA ゴジラ』にはあまり期待を持てなかった人もいるだろう。ところが蓋を開けてみれば、本作のゴジラは細かい部分に違いはあれど基本的には日本のゴジラの特徴をしっかり受け継いでいる。

もちろん、単に日本版ゴジラを模倣するだけではなく、日本版と比べると縦横のサイズも大きくなり存在感が際立つゴジラとなっている。監督のギャレス・エドワーズは日本版ゴジラをリスペクトし、良い部分は踏襲しながらもよりスケールアップしたゴジラを生み出すことに成功したと言えるだろう。

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